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東京高等裁判所 昭和52年(ラ)482号 決定

抗告人 三洋開発株式会社

右代表者代表取締役 寺田平八

右代理人弁護士 佐藤寛蔵

同 渡邊興安

同 山下純正

同 井上捷太郎

右復代理人弁護士 田村裕

相手方 水郷観光株式会社(旧商号 水郷観光開発株式会社)

右代表者代表取締役 大森武雄

右代理人弁護士 野島良男

同 安部哲哉

主文

原決定を取消す。

本件担保取消の申立を却下する。

抗告費用は相手方の負担とする。

理由

一  (抗告人の申立及び主張)

抗告人代理人は、「原決定を取消す。」との裁判を求め、その抗告の理由として、次のとおり主張した。

1  相手方は、抗告人を債務者として東京地方裁判所に対し債権仮差押の申請をし(同庁昭和五一年(ヨ)第六九二号事件として係属)、担保として東京法務局に昭和五一年二月一二日付金一四九七二八号をもって金六三〇万円を供託し、同裁判所は同月一三日付で仮差押の決定をした。

2  その後、相手方は、東京地方裁判所に対し担保取消につき抗告人の同意があったとして担保取消の申立をしたところ(同庁昭和五一年(モ)第三八五七号事件として係属)、同裁判所は、相手方の申立を容れて同年三月二九日に担保取消の決定をした。

3  しかしながら、抗告人は、右担保取消に同意したことはなく、また、抗告権の放棄をしたこともない。

右は、相手方が抗告人不知の間に、担保取消の申立書添付の委任状に抗告人の署名、押印を偽造したことによるものである。

4  よって、原決定は違法であるから、取消されるべきである。なお、抗告人は最近に至り、原決定の存在を知ったので、本件抗告に及んだものである。

二  (相手方の申立及び主張)

相手方代理人は本件抗告却下もしくは、棄却の裁判を求め、次のとおり主張した。

1  本件抗告は、抗告期間が徒過しているから、不適法である。

2  抗告人主張の事実中1及び2は認めるが、その余は争う。

3  本件担保取消の同意及び抗告権放棄に関する抗告人名義の委任状は、抗告人の当時の専務取締役であった荒瀬隆信から交付をうけたものである。同人は抗告人と相手方との間のすべての取引について代理権を有し、本件仮差押事件の基本となった相手方から抗告人に対する金一億九、〇〇〇万円の金銭消費貸借も、すべて右荒瀬によって行われたものである。そして、抗告人は右借用金の使途を偽り、詐言を弄して右金銭消費貸借契約に基づき相手方のため差し入れた担保を差し替えたりしたので、相手方は右荒瀬の責任を追及した結果、同人は、相手方のした本件仮差押手続に協力し、また、昭和五一年二月頃、当時抗告人の代表取締役であった杉山仁治の命をうけて、相手方との和解の話を進め、前記委任状を相手方に交付したものである。

三  (当裁判所の判断)

1  記録によれば次の事実が認められる。

(一)  相手方を債権者、抗告人を債務者とする東京地方裁判所昭和五一年(ヨ)第六九二号債権仮差押申請事件について、同裁判所は昭和五一年二月一三日相手方に対し、金六三〇万円の保証を立てさせて、仮差押決定をした。

(二)  ところが、その後同年三月二三日に至り、相手方の代理人である弁護士甲野太郎が東京地方裁判所に対し、抗告人との間に示談が成立し担保の事由がやんだことを理由に本件担保取消の申立をした。同申立書には、同年同月一九日付の抗告人代表者杉山仁治作成名義の弁護士乙山二郎に対する委任状(以下、本件委任状という。)及び同日付同弁護士作成の供託金還付請求の同意書が添付されている。そして、本件委任状の委任事項欄には、前記仮差押事件について、相手方からの担保取消決定の申立に同意すること及び同決定に対する抗告権を放棄しかつ正本受領に関する一切の件と記載されている。

(三)  そこで、同裁判所は同年三月二九日「本件担保は、担保権利者の同意があるので取消す。」との決定をした。同日乙山弁護士が右決定正本の交付をうけ、かつ右決定に対し即時抗告をしない旨の上申書を同裁判所に提出した。

以上の事実が認められ、右認定に反する資料はない。

2  抗告人は本件委任状は偽造されたものであると主張し、相手方は真正に成立したものであると主張するので、本件委任状の真否について調べてみる。

本件委任状の記載と当審における荒瀬隆信、乙山二郎及び杉山仁治に対する各審問の結果(但し、後記認定に反する部分を除く。)を綜合すれば、次の事実が認められる。

(一)  本件委任状の「表題」、受任者欄の住所、氏名を除くその余の「委任事項」、「日付」及び委任者欄のうちの「代表取締役杉山仁治」なる部分は、荒瀬隆信がいずれも、これを記入したものであり、右受任者欄の住所、氏名は弁護士乙山二郎がこれを記入したものである。また、委任者欄に押捺されている抗告人会社の住所及び社名の各ゴム印と角形の社印は、いずれも右荒瀬が抗告人会社事務所の備付のものをもって押捺したものである。次に、本件委任状のうち、委任者欄の「杉山仁治」の名下の印影の文字部分は正確に判読できないけれども「○○工業株式会社代表取締役印」と表示されており、抗告人会社の代表取締役印と明らかに異なるものである。

(二)  ところで、右荒瀬が右委任状のうち、前記受任者欄の記載及び委任者欄の右代表取締役印を除くその余の部分を記入し、または押印をしたのは、昭和五一年三月頃相手方会社代表取締役大森武雄が右荒瀬に対し本件委任状の作成を強く要請したことに基づくものである。当時右荒瀬は抗告人会社をすでに退職しており、本件委任状の作成については、当時の抗告人会社代表取締役杉山仁治から何らの権限も委任されていなかった。他方、受任者である弁護士乙山二郎も、本件委任状は、その使用人高田某から、抗告人と相手方との間で和解が成立したため作成交付されたものであるとして手渡されたもので、右荒瀬の本件委任状作成の経過をあまり知らず、また、本件委任状の委任者欄の代表取締役印が前記のとおり偽りのものであることに気付かないまま、右高田の言を信用して、本件担保取消申立に関する同意書を作成して原裁判所に提出したものである。

右のように認められ、右荒瀬作成の「証」なる文書及び右杉山作成の報告書ならびに前記各審問の結果中、右認定にてい触する部分は措信できず、他に右認定を左右するに足りる資料はない。そして、本件委任状の前記委任者欄の代表取締役の印影が、何時、誰によって顕出されたものであるかについては、これを明らかにする資料がない。

3  相手方は、抗告人会社の代表取締役であった杉山仁治は右荒瀬に対し、相手方との間の取引について、すべて代理権を授与していたと主張し、前記杉山に対する審問の結果によれば、右杉山が荒瀬に対し、同人の在職中である昭和五〇年一二月までは抗告人と相手方との間の不動産の取引につき全面的に抗告人会社の代理権を授与していたことが認められるけれども、本件委任状の作成について代理権が授与されたとの資料はない。なお、本件担保取消に関する同意は訴訟行為であるから、表見代理の法理を適用する余地はない。したがって、相手方の右主張は採用できない。

4  右によれば、本件委任状は抗告人の委任に基づかないで作成された偽造のものと認めるのが相当であり、したがって弁護士乙山二郎は、本件担保取消の申立について抗告人を代理して同意する権限を有しないものといわねばならないから、原裁判所が、抗告人の担保取消の同意があったとしてした本件担保取消決定は違法というべきである。そして、右認定によれば、乙山弁護士は抗告人の代理人として、本件担保取消決定の正本を受領し、かつ同決定に対する即時抗告権を放棄する権限を有していないことが明らかであるから、同決定正本が同弁護士に交付されたことによっては、同決定が抗告人に告知されたことにはならないというべきである。しかし、前記杉山に対する審問の結果によれば、抗告人は本件抗告状提出の二、三日前に本件担保取消決定を了知し、本件抗告に及んだものであることが認められるから、右了知の時をもって同決定の告知の瑕疵は治癒されたものというべく、本件抗告は、右時点から七日以内の即時抗告期間に適法になされたものであることが記録上明らかであるから、この点に関する相手方の主張は採用することができない。

四  よって、原決定を取消し、本件担保取消の申立を却下することとし、抗告費用の負担につき民訴法第九六条、第八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 鈴木重信 裁判官 糟谷忠男 浅生重機)

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